人の心というものは (お侍 拍手お礼の二十三)

       〜 お侍extra  千紫万紅 柳緑花紅より
 

 
草の香を乗せ、清かに吹き抜けてゆく風の先、
何が待つかも知らぬまま、ある意味では宛度
(あてど)なく、
新しい明日へと踏み出してゆく彼らであり。
その練達の域に達した刀さばきと豪胆なまでの意気地でもって、
群れなし襲い来た狼藉者らを成敗し、
難儀を救って下さったことを感謝する、
力なき善良な村人たちに送られて、
後ろ髪を引かれることもなく旅立つのも常のこと。
さしたる荷もない、颯爽とした“もののふ”二人、
村から街道までをつなぐ、殺風景な田舎の道を、
迷いも躊躇もないしっかとした足取りで、
さくさくと離れてゆく姿、感慨深くも見送る中には、
本当に本当に心打たれた幼子や童子も混じりいて。
「…っ!」
後追いまでは出来ぬがそれでも、
開いてゆく彼方と此方の狭間
(あわい)に…胸が切なくなるものか。
弾かれたように数歩だけ進み出て、
「お侍様っ。」
せめてもう一度、お顔を見せてと呼ばずにはおれず、
「…。」
立ち止まって下さり、肩越しに振り返られしお顔へと、
「どうも、ありがとうっ!」
笑顔は無理でも何とか気を張り、
大きく手を振っては精一杯の元気を見せる、その健気さよ。
「おら、大きくなったらお侍様みたいに強ぉなるからっ!」
微笑ましいこと手向けにくれて、
大人たちの笑み誘い、
無論のこと、別れゆく男らへも、擽ったい笑みをくれての、
和やかな別れが、静かに静かに旅人たちの手で持ち去られてゆく。







 ……………で。

 「…久蔵。」
 「…。」

早亀や駒の行き来する街道まで、あと少しという小道の途中。
左右の広々とした空間を埋めるのは、
今離れたばかりの村の衆が手入れする、青々とした田圃だけ。
行き交う人の姿もなく、
頭上には気持ちのいい青空が、雲も浮かべず広がるばかり。
どこぞかの高みで ぴくちゅく囀
(さえず)るは、
揚げ雲雀か、それともメジロか。
いかにも長閑な風景の中、風に懐いたお声が届く。
とりたてて暑くもなければ寒くもなくて、
旅する身には大助かりのいい気候だねぇ。
次の宿場には確か電信の小箱もあったはず、
何か言伝があるやも知れぬ…などと。
場をつなぐような会話をいちいち繰り広げねば間が保たぬような、
そうまで おにぎやかで騒々しい人性をまで、
持ち合わせてはいない双方であるものの、

「…。」

何となく、連れが醸す空気が違うと気がついた壮年殿。
まずはとお声をかけてみたけれど。
やはり…返答はないままであり。
紅の長衣に包まれた痩躯も、しゃんと伸びた背条も。
細っこい二の腕も薄い肩も。
質のいい練り絹のような純白の頬も、
時折 悪戯な風に躍る綿毛のような金の髪も。
静謐な横顔にたたえられた、無機的な沈黙も、
どこと言って変わりはないのにも関わらず、
何かが違うと…強いて言えば肌合いで判る。

「…。」

彼が寡黙なのは今に始まったことではないのだが、
だからこそ、その寡黙や無言の“嗅ぎ分け”というもの、
いつの間にやら会得していた勘兵衛でもあり。

「お主、もしやして何にか怒っておらぬか?」
「…。」

特に何も話す必要がない場合の無言と、
言いたいことはあるのだが適当な言葉を知らないからという無言は、
当然のことながら、はっきり言って別物だし、
言いたいことはあるのだが、
わざわざ言葉を連ねる面倒をするほどのこともないかと流した無言と、
言いたいことはあるのだが、
わざわざ言ってやるのも癪だから黙っているという無言は、
もっと別物でもっと厄介だったりしないか、お客さん。
(こらこら)

「…。」

これまでの久蔵はというと、
侍としての刀ばたらきでの腕っ節という、
究極にして唯一の関心事のほかには心揺らがすこともなく。
よってのこと、
それが瑣事であろうとなかろうと、
何が起きても遠巻きの視線しか向けず。
熱くもならず躍起にもならず、
どこか冷めた気概のまま、故に寡黙を通しての、
ようよう落ち着いて過ごして来れていたものが。

「…。」

執着というものは一旦覚えてしまうと厄介で、
しかも こたびのそれは、これまでに全く慣れのなかった感情だから、
幼子の駄々やむずがりの如く、
当人自身が宥める術を知らなかったりするのが、いささか面倒で。

“う〜む。”

そう、こういうお怒りの対象となっているのは、
間違いなく連れ合いの勘兵衛なのだが、
一体何が招いた勘気なのだか、
まったく覚えがないときに限って、
素直に口を割った試しがないのが困りもの。

「…。」

放っておけばそのまま静かに育ってよじくれて、
ますますのこと手に負えなくなる。
まるで性の悪い風邪のようなものだというのは、
実を言うと…体験済みの勘兵衛で。
どうでもいい相手ではないからこそ捨て置けず、
さりとて、実を申せば壮年の側も、
長きを朴念仁で通してきたせいで慣れのないこと。
どうやってあやせばいいものやらと、
かつての頼もしい部下にこそりと訊いたところが、
惚れ惚れするよな笑顔で にぃっこり笑って、
『お惚気なんて聞きません』と いなされたばかり。
その時と今回と、どこか状況は似ているような、
けどでも、自分たちが関わる“刀ばたらき”関係の事案というのは、
どれにしたって似たり寄ったりなので、
言い出せばどの場合だって同じとも言えて。

 “…やはり心当たりはないのだが。”

さしたる手練れがいた訳でなし、
数が頼りというだけの連中が相手、ややこしい策も必要がなく。
それほど手もかからなかったので、余計な怪我も拾わなかった。
関係者の中には、妙齢の娘御や熟し切ったるいい年増もいなかったので、
そっちの方向での誤解からの勘気を招いたわけでもなかろうし。
となると、これはもう、
いくら思案をしたところで勘兵衛の側から答えは出ない。

「言うのが面倒な程度の癇癪ならば、儂のせいではないと見做すが?」

それでもいいかと、やや強気に言い放てば、
「…。」
並んではいても壁があった、そんな歩みをつと止めて、
その壁越しの肩越しに、こちらをちろりと睨んでの曰く、

「茂作が気に入りだった。」
「…ん?」

茂作というのは、先程の別れ際、

 『おら、大きくなったらお侍様みたいに強ぉなるからっ!』

そうと叫んで見送ってくれた男の子。
野盗の乱暴に両親が大怪我を負わされて、
それを恨みに思ってのこと、
単独で連中の塒
(ねぐら)へと、飛び込まんとしかけていたところを。
駆けつけたのが間に合った勘兵衛らにより、
庇われの抱え上げられの、
相手を一旦やりすごすのに、
頼もしき胸元へと抱き込められての
“息を殺しておれ”と口元を塞がれの、
先に逃がしたそのまま、村まで無事に戻れたと、
駆け寄って来ての総身で示せば、
胸元へとこぼれる蓬髪のくすぐったい、
その懐ろへと抱きとめてやっての、
えらいえらいと いが栗頭を掻き回すように撫でられの、と。

「…それから。」
「まだあるのか?」

これ全てを数えていたらしい久蔵に、呆れるやら…苦笑が出るやらの勘兵衛で。
「あんな小さな子供だ。手を貸さねば斬られていたのは明白ぞ。」
「そのくらい。」
判ってはいるらしいが、それでもと。
吊り上がっての冴えた目元を鋭く眇め、
薄い口許をきゅうと引き結ぶ様が、
女性への勘気以上に、判りやすくて、しかも激しいのは、

「俺は…っ。」

あのような構われ方をする対象ではないからとでも言いたいからか。
「久蔵。」
まあ、確かにもう、子供とは言えないお年だし。
それより何より、
壮年様に勝るとも劣らぬ腕っ節をしているお人だ、
庇ったら庇ったで機嫌を損ねるくせして、ねぇ?
(苦笑)

“幼い少女が相手なら、自分からも手を延べるくせをして。”

体力では同じくらいにか弱い対象だってのに、
しかも男の子を相手に、果たして何をまたややこしい勘気を起こす彼なのかと、
勘兵衛様が理解するには、まだちょっと間がかかりそうなご様子で。

「〜〜〜。」

せっかくの清々しい初夏の風にも眉を寄せ、
何ともややこしい勘気に苛立つ若侍殿。
とはいえ、この場合、久蔵殿へもご同情申し上げたくなるのは、
果たして筆者だけでしょか?
(苦笑)





  〜 どさくさ・どっとはらい 〜 07.5.06.


  *悋気狭量その2、なんつって。(笑)
   いえね、賞金稼ぎ噺には、
   コマチちゃんくらいの小さい女の子しか出て来ませんねと、
   ふと訊かれましたので。
   自分でも気がつかなかったな、
   まま、男衆二人が出ばってる話で、あまりにムサいから、
   平衡を取るようにそういう案配になってたんじゃないかなと、
   まずは納得した上で、
   ………こういう邪推もしてみた訳です。
(笑)


めーるふぉーむvv
めるふぉ 置きましたvv

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